西川淳の「SUV嫌いに効くクスリをください」 アストンマーティン DBXの巻
2021/08/22
SUVの形をしたGTカー、だが……
結論から言うと、DBXは反則なのである。何が反則なのかというと、その乗り味が全くもって他のSUV、とりわけスポーツタイプに属するポルシェやランボルギーニ、BMW M系とも違っているからだ。
DBXのドライブフィールを一度味わえば、ウルスだってランドローバーの仲間に思えてしまうほどだ。DBXの走りは正真正銘に“背の高い”アストンマーティンで、同じブランドの背の低い車たちと同じテイストの走りを実現できているという点で、他の高性能SUVとは一線を画している。これはSUVの形をしたGTカーである。SUVではない。
一見してアストンマーティンだとわかるクーペフォルムだ。けれども実はかなり大柄で、サイズ的には全長5m×全幅2mでウルスほどではないけれどもカイエンクーペとタメを張る。全高だけは1.7m以下に抑えられた。幅広く低いため、大きく見えないのだ。
けれども大きく見えないことは、この車を実用車として使いたい向きには有効だろう。レンジローバーやメルセデス・ベンツ Gクラスといった本格的なクロカン高級モデルは、もう乗る前からその大きさにビビってしまう方も多い。けれども、DBXならばさほど威圧感を感じることなく乗り込める。
そして、ここからが肝心なのだけれども、運転している間は一層、その大きさを感じることがないのだ。物理的に狭い状況に追い込まれない限り、つまり街中をクルーズしているだけならば、その身のこなしはどこまでも機敏でドライバーとの一体感も大いにあって、不必要にボディサイズを大きく感じることがない。その点、普通の大型SUVの場合には、交差点を曲がるたび重量やサイズを感じてしまう。そこから、乗る前の大きなサイズイメージにいろいろと不安が重なって、乗りづらいという心理状況に陥るパターンも少なくない。オーダーメードと吊るしのスーツの違いくらい、フィット感が違っている。
そのうえDBXの動きはというと、これはもう背の低いアストンそのままだ。まるでDB11の車高を上げてドライブしている気分になる。SUVだから視界も良いわけで、そこにドライバーと車体との一体感があれば、乗りやすいと思うのは当然だろう。
ただ乗りやすいだけじゃない。ドライブフィールがもはやSUV離れしており、まるでスポーツクーペである。ラグジュアリーな内装の4ドアモデルだということを考えれば、言ってみればこれはただ車高を上げただけのラピードだ。
それゆえ、カントリーロードに持ち出してもちょっとしたスポーツカーのように楽しめるし、高速道路ではアストンらしく豪華なクルーザーに徹する。意のままに動く感覚の純度が低いというのが筆者のSUV嫌いの原点だったから、DBXは見事にそれを解消している。
逆に言うと、乗っていて大型SUVのもつおおらかさはまるでない。でっかい車に乗っているのだ、という安心感もない。ハンドリングは機敏だから、落ち着かないと思う場面もある。めちゃくちゃフィットしていると思うということは逆に言うと、遊びがない。SUVが好まれる理由のひとつに、その安心感をあげる人が多い。これは大きさを感じさせることとほとんど同じ意味だから、長所にもなるし欠点にもなるということ。旧来のSUV好きにはそこが少し気になるのではないか?
筆者はSUVを好まない。だから、大きさからくる安心感などハナから求めていない。DBXのように一体感をもって走ってくれるに越したことがない。そういう意味では、SUV嫌いにとって最高の選択肢と言えるかもしれない。
現時点でSUV嫌いにつける最良のクスリはDBXだろう。なぜなら、その走りはまるでSUVらしくないからだ。でも、これをもって解決したとは思いたくない。なぜならDBXは反則だからだ。この走りはDBXにしかないし、他の誰も真似できない。ひょっとしてフェラーリがやってくれるかもしれない。けれども、それはまだ少し先の話だろう。
SUVらしさ、つまり一体感を犠牲にしても大らかな気分にさせるあの乗り味を好きだと思わせるSUVにも出会ってみたい。正統派のSUVでその境地に達することは果たしてできるのだろうか。
自動車評論家
西川淳
大学で機械工学を学んだ後、リクルートに入社。カーセンサー関東版副編集長を経てフリーランスへ。現在は京都を本拠に、車趣味を追求し続ける自動車評論家。カーセンサーEDGEにも多くの寄稿がある。
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